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ふみ函

落合のアトリエ記念館

生活圏の範囲なのに、
足を向けることのなかった画家のアトリエ記念館を
初めて訪れました。

下落合3丁目の中村彜(つね)アトリエ記念館

大正5年(1916年)にこの場所に建てられ、
増改築を経たあと、
当初の姿に復元したものとか。


中村彜アトリエ


赤い屋根、茶色の壁、白い扉と窓枠。
愛らしい色合いですね。

扉と窓は、内側から見ると
こんな眺め。


中村彜アトリエ3


生地の茨城県水戸市にも
復元された中村彜(つね)アトリエがあるそうですが、
当時の実際の資材を使っているのは
終焉の地であるこの下落合のアトリエ。

ただ、椅子や小物などの実物は茨城に寄贈されて、
ここにあるのはレプリカ。
痛み分けというところでしょうか。


中村彜アトリエ2


アーチ型の壁の窪みが描かれている作品もあって、
臨場感がありますね。


中村彜アトリエ4


最近読んだ「大家さんと僕 これから」の「新宿中村屋」の章で、
大家さんが中村屋の壁に飾られた
『小女』について語っているのが心に残って、
ここに足を運んでみたくなったのです。


   創業者の方が 当時の画家たちを応援して
   お店の裏に アトリエを作ってあげたりしてて

   お店の中にも 絵が飾られているのです
   その絵を見たくて 来るの

   中村彜(つね)が 創業者の娘を描いた絵よ
   二人は将来を約束した仲だったの

   中村彜は結核で 若くして亡くなってしまったの



代表作「エロシェンコ氏の像」は東京近代美術館で見ているし、
中村屋サロン美術館で「小女」も見ているのですが、
アトリエに行って見たいと思ったのは
大家さんと矢部さんのやりとりがきっかけ。
心が動くのはこういうちょっとしたことなんですよね。

当時の落合は
さまざまな画家や作家が多く住んだ文化村。

せっかくなので聖母病院にほど近い
佐伯祐三アトリエ記念館へも。


佐伯公園


アトリエの窓は光を多く取り入れるために
壁面いっぱいに大きく取っているのが
共通していますね。


佐伯祐三アトリエ


アトリエが作られたのは大正10年(1921年)。
パリの風景画で有名な佐伯祐三ですが、
この近隣を描いた『下落合風景』の連作も
パネル展示されています。


佐伯祐三アトリエ2


彼の生涯をまとめた映像が流れていました。
若くしてパリに客死したことは知っていましたが、
米子夫人と長女の彌智子を伴っての
パリ行きだったのですね。

彼の命を奪った結核は
幼い長女にもうつってしまったとか。
なんと痛ましい。

祐三の死の二週間後に彌智子も果敢なくなり、
二人の遺骨を抱いて帰国した米子夫人は、
アトリエに隣接した自宅に住み、
75歳で亡くなるまで画業に励んだとのこと。
芯の強い方だったんですね。

アトリエを囲む佐伯公園の入口付近の表示板に、
在りし日のご自宅の写真が残されていました。


旧佐伯邸





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「新宿の目」

”「新宿の目」破損”
という新聞記事を目にして吃驚。

あの「新宿の目」が?!
仕事帰りにわざわざ新宿に途中下車して、
見て来ました。


新宿の目


最近ここを通る機会がなかったので、
だいぶお久しぶり。

以前、朝日カルチャーセンター通いをしていた時には、
この前を通って、高層ビル街に足を運んでいましたが、
とにかく一目見れば忘れられないインパクト。
高さ3.4m、横幅は約10mとか。

作品プレートには
「作 宮下芳子
DESIGNED BY YOSHIKO MIYASHITA
1969.12.27」と記されています。

一番最初に見た時は、
中に照明が点灯していたこともあって、
円谷プロのウルトラQを連想したものでしたが、
改めて見ると、仏像の目のようにも思えます。

設置されているのはスバルビルですが、
ビル自体はすでに閉鎖され、
すでに地上部分は昨年8月から解体とのこと。
あまり来なくなっていた間に、
ずいぶん移り変わっていたのですね。

この「新宿の目」は修復されるそうなので、
まだこの界隈を見つめ続けるのでしょう。
早く元の姿に戻りますように。



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関帝廟あたり

昨年来、ちょっと久しぶりの
横浜中華街・関帝廟通り。


中華街2019春節


先週までは春節のお祭りで
大賑わいだったことでしょうが、今日は静か。
関帝廟の正門が見えます。


中華街2019春節2


この脇の小路を回って帰ることが多いのですが、
下から見上げた裏手の装飾も綺麗ですね。


中華街関帝廟角


こちら側に隣接する横浜中華学院の門に、
新築工事のお知らせが出ていました。


横浜中華学院工事看板


着工 2019年4月1日
完了予定 2020年12月20日
とのこと。
地上6階建てになるそうです。

このあたりの景色が
また少し変わるのですね。


横浜中華学院校舎

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厩橋旧交番前

この頃はかなり遠くでも
平気で自転車を漕いで出かけますが、
墨田区横川まで行くのは初めて。

湯島、御徒町、と春日通りをずっとまっすぐ、
隅田川に架かる厩橋を渡ってしばらく行って、
本所の交差点で目に付いた彫刻。


彫刻「道」


彫刻作品は裸体が多いですから、
このストールと羽織りものは、
寒空の下の姿を憐れんで
どなたか着せかけたものでしょうか。
このところ本当に冷えますものね。


彫刻「道」2


あとで調べてみたら、
これは墨田区まちかどアートのひとつで、
「道」という作品でした。

作者:雨宮 敬子
設置場所:本所一丁目・二丁目交差点(本所一丁目25番)
設置年度:平成4年度


旧・厩橋交番


彫刻の顔と向かい合うように建っているのは
「厩橋地域安全センター」。
昭和3(1928)年建造の元・厩橋交番で、
平成19(2007)年4月からこの名に変わったそうです。


旧・厩橋交番2


戦前のこういう交番建築は、
角に丸みがあって可愛らしいですね。

昔から好きな「神田猿楽町町会詰所」と、
角の丸みが似ているなあ。
こちらの方が二階建てでちょっと大きいけれど。

この建物は大正5(1916)年に
猿楽町駐在所として建設されたものです。
いまだにドラマや映画で、
交番として登場することもありますね。


千代田区神田猿楽町々會詰所

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前田侯爵邸の壁泉と渡り廊下

駒場の旧前田侯爵邸(洋館)は、
保存整備のため、平成28年7月から閉じられていましたが、
整備工事も終了し、今年10月27日から一般公開再開。

11月4日までの「文化ウィーク特別企画」として、
普段は立ち入ることの出来ない裏庭部分も
特別ガイドが実施されると知り、
勇んで参加しました。


泉水1


洋館の裏手にあたるこの面は、
通常フェンスで囲われていて、
目の当たりにするのは初めて。

羊の口から水が流れ出ているのは珍しいとか。
こういう西洋建築の壁泉は、
ライオンが多いそうです。
東洋ならば龍を連想しますね。


泉水2


こちらは洋館と和館を結ぶ渡り廊下。
和館には厨房がないので、
そちらのお客様に料理をお出しする際は、
洋館地下の厨房で調理して、
廊下を通って運んだのだそうです。


渡り廊下2


外壁は洋館に連なるスクラッチタイルですが、
屋根は瓦屋根という和洋折衷スタイル。


渡り廊下3


向こうに見えているのが和館の一部。
こんなふうに繋がっているとは、
知りませんでした。


渡り廊下1


ガイドさんのお話は、駒場公園側にも及びました。
戦後この館が米軍に接収されていた時期、
彼らは庭でバーベキューをするために、
調理用のかまどを作ったのだとか。


バーベキュー炉


こんな大きなものだったんですね。
お話を伺うまで、これがいったい何なのか、
まるで分っていませんでした。
これまでも目に触れていたはずなのに。


バーベキュー炉2


洋館外壁の柱の角には、
翼を持ったライオンのような獣が、
館を守っています。


翼獣1


日本で言えば
魔除けの鬼瓦のようなものでしょうが、
案外やさしい顔をしていますね。


翼獣2


珍しいものが見られた
気持ちの良い秋晴れの日。

玄関前の秋薔薇も
花盛りでした。


玄関前の薔薇




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