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ふみ函

「桜の園」を読み返す

「桜の園」(新国立劇場)を観て来ました。

チェホフの戯曲は以前読んだこともあるし、
何しろ有名でイメージだけは色々持っていたのですが、
実を言うと、実際に通して見るのは初めて。

今回は何といってもラネーフスカヤ夫人を田中裕子さん、
商人ロパーヒンを柄本祐さんが演じるのが観てみたかったのです。
ミーハーですね。

田中裕子さんのラネーフスカヤは素敵だった!
「子供部屋、なつかしい、きれいなお部屋…
わたし子供のころ、ここで寝たのよ。
…今でもわたし、まるで子供みたいだわ…」
台詞がやわらかくよく通って、品があって、
どこかあどけないようで。
それでいて、ユーモラスでもあって。

「まあ、どうなすったの、ペーチャ?
どうしてそんなに風采が落ちたの?
なんだってそう老けなすったの?」
などの台詞のおかしみと言ったら。
たくまざる愛嬌がある感じ。

柄本祐さんは独特の存在感。
台詞はおそらく意図的に、つらつらっと一本調子のようで、
でくの坊のような異物感がありました。
でも台詞も佇まいも、ところどころ驚くほどお父様似。


「桜の園」本


今回の台本は神西清訳のもの(新潮文庫)。
滑らかで耳に心地よく、とても自然に感じられました。

「桜の園」は、もう少し持って回った言い方だったような気がしていて、
あ、そうか、と帰ってから引っ張り出したのは、
吉田秋生さんの『櫻の園』

以前映画化もされましたが、
毎年必ず創立祭にチェホフの「桜の園」を上演する、
私立の女子学園の物語。
演劇部がその稽古をする場面で、
台詞のいくつかが引用されているので、
そこだけ記憶に残っていたのです。

こちらは湯浅芳子訳(岩波文庫)によるもの。
冒頭のラネーフスカヤの台詞は、
こちらではこうです。

「子供部屋、あたしの可愛いすばらしい部屋
…あたしはここで眠りました 小さかったときに…
今もあたしは小さい子のようよ…」


なんとなく、ちょっと硬い感じ。
神西訳のほうが、声に乗せやすいんじゃないでしょうか。

最も違うな、と思ったのは、
夫人の従僕のヤーシャとちょっといい仲になる、
小間使いのドゥニャーシャと彼のやりとり。
漫画『櫻の園』では第二章(Vol.2)「花紅」で、
ドゥニャーシャ役の志水由布子と、
ヤーシャ役の杉山紀子の稽古場面に出てきます。

ドゥニャーシャ
「せめてちらりとくらい見てくださってもいいのに
ヤーシャ あなたはお発ちになる…
あたしをおすてになる…」
ヤーシャ
「何を泣くことがあるんだ?六日たてばおれはまたパリだ。
明日は急行列車に乗って揺られていく
おれたちを見るのもこれきりさ」


神西訳ではこう。


「ちらりと一目くらい、見てくれたっていいじゃないの。ヤーシャ。
あなたは行ってしまうのね…あたしを捨てるのね…」

「何を泣くんだ?六日すりゃおれはまたパリだ、
あした特急に乗りこんで、目にもとまらずフッ飛ばすんだ」



訳によってずいぶん耳ざわりが違うんですね。
ちょっとぎこちない言い回しにも味わいはありますが、
今回、私は滑らかで生き生きした神西訳に、
とても好感を持てました。


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永遠の都、雲の都

加賀乙彦氏の長編小説『雲の都』、
ようやく最後(第五部「鎮魂の海」)まで読了!

雑誌「新潮」での連載が完結し、
単行本が刊行されたのは2012年のことなのに、
ずいぶん遅くなってしまいました。


永遠の都、雲の都


これは作者の加賀さんの自伝的部分が色濃い大河小説。
『雲の都』の前史にあたる『永遠の都』(新潮文庫全7巻)が
主人公悠太の幼少年期である昭和10年~昭和22年を描いたのに対し、
その続編として戦後から21世紀に足を踏み入れた2001年までの
激動の時代が描かれています。

血のメーデー事件、嵐のような学園闘争、
さらに阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件など、
さまざまな出来事が主人公を翻弄しますが、
私自身の記憶にも焼き付いているものも多く、
あらためて大きな歴史の流れにめくるめく思い。

ちなみにタイトルの『雲の都』とは、
『新撰万葉集』の歌のひとつに由来します。


かき崩し 散る花とのみ 降る雪は 雲の都の 玉と散るかも

散って舞うかとばかりに振り続ける雪は、
雲の上の都の白い玉片が散ってくるのだろうかしら。

『雲の都』第五部「鎮魂の海」第一章 p.106



一方、『永遠の都』のタイトルは、
悠太少年のこの独白に基づいているようです。


永遠の都、そんなものは幻想に過ぎない。
そして、草原のように平らな木造家屋の街は消え、
突兀(とつこつ)とした石と鉄の街を、
ぼくにとっての異郷を、
いつかは故郷と呼ばねばならない


(『永遠の都』7「異郷」より)



この苦い独白には胸を突かれました。
元々の東京者ではないにせよ、
すでに35年暮らして、その間の変貌に立会い、
消えゆくものを哀惜をもって眺めてきた私にとって、
その切なさと痛みは共感できるもの。
やはりこの物語の主役は、
変貌し続ける東京という街なのですね。


永遠の都を歩く


2002年当時、私がこつこつ作っていた手書き個人誌「道草だより」に、
『永遠の都』を歩く”と題して、物語の舞台歩きについて書き記しました。
昭和10年代の「大東京三十五區分詳圖集成」の地図を見つつ、
都立中央図書館の東京室にも通い詰め、
現実の街を歩き回り、また昔の資料を頼りに過去へと降りてゆく。
かなり気合の入った力技でした。
記事の見出しは以下の通り。

・淀橋區大久保方面
改正道路~抜弁天/西向神社/脇家への道/戸山ヶ原・戸山学校/
大久保小學校界隈/府立大六中學校/市電の走る町

・芝區三田方面
二之橋~慶応義塾/三之橋~古川橋/安全寺坂/
子育て地蔵・春日神社・札の辻/魚藍坂~泉岳寺/
白金(しろがね)一帯/聖心女子學院~広尾

・本郷區
帝國大學/不忍池・弓町

・本所區
帝大セツルメント/川と橋のある町/太平町

・中野區~府中町 透の囚われた場所
豊多摩刑務所/府中刑務所

・世田谷区 利平の治癒と回想
松沢病院の緑

・蒲田區
武蔵新田・矢口町/多摩川河川敷~六郷橋

我ながらよく歩き、頑張って調べたものです。
その昔、帝大セツルメントがあった柳島あたりは、
もうその面影もありませんが、それに関する回想記などを読み、
実際の場所を歩いて当時の様子を想像してみたり。

歩いて、記事をまとめている間にも街は刻々と変化していきました。
太平町に辛うじて残っていた精工舎の時計塔は解体間近でしたし、
木暮家(実際には小木家)跡に建てられていた金属健保会館は、
ちょうどその頃「純福音東京教会」へと変わって吃驚。

偶然ながらこの個人誌をまとめた直後に、
朝日カルチャーセンターで作者の加賀先生による『永遠の都』講座があり、
直接この冊子をお渡し出来たのも懐かしい思い出です。

続けて『加賀乙彦自伝』(集英社)を読んでいます。
まだ幼い加賀さんを抱っこしているお母様(初江さんのモデル)、
本当に”大きな輝かしい目”で素敵!



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こゝろノート

夏目漱石の「こゝろ」が東京朝日新聞に連載され始めたのは、
1914年4月20日。

それからちょうど百年たった今年の4月20日から、
朝日新聞で復刻連載が始まり、毎日楽しみに読んでいます。

すでに読んだことのある有名な作品ですが、
やはり毎日読み重ねてゆくのは味わい深く、
当時の世相解説なども添えられているのが嬉しいです。


こころノート


日々の切り抜きを張り付けるためのノートも作成されていて、
遅ればせながらようやく販売所に注文して届けてもらいました。

思ったより大きいA4サイズ。
1冊かと思ったら、全部張り付けるためには3冊必要だそうです。

見開きには”ノートの使い方は、みなさんの自由です”というお言葉。
切り抜きを貼るのもよし、書き写してもよし、感想を書いてもよし、
挿絵を描いてみるのもよし、自分だけの「こゝろ」を創作してもよし、とのこと。
なるほど、そういうのも面白いなあ、と心動かされ、
さて貼り付けようか、どうしようか、と少々悩み中。



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昔の小学校教科書

昭和30年前後の教科書を手にする機会がありました。

小学校一年生から六年生までの算数の教科書。
(東京書籍株式会社
 彌永昌吉編 装丁:渡辺武夫 さし絵:大石哲路)
構成も挿絵も楽しく、まるで絵本のよう。


算数教科書


ことに一~二年生用の愛らしいこと!
これは時計の針の読み方を覚えるところなのですが、
その頃の家庭生活が感じられます。

お父さんもお母さんもおうちではお着物ですね。
きちんと手を突いて「おやすみなさい」の挨拶をする子。


よしこさんの一日


年の暮のお買い物。


年の暮れ


お正月のかるた遊び。


お正月


生活に根差した光景から計算の問題がつくられていて、
とても親しみやすく好感が持てる素敵な教科書。


ちょっと驚いたのは、
「たし算」ではなく「よせざん」と記されていたこと。


よせざん


この頃は「寄せ算」と呼ばれてたのですね。知りませんでした。
数を”寄せる”と言う表現は、仲間が集まるみたいで、
なんだかやさしく暖かい感じがします。

そう言えば少し前に読んだ高樹のぶ子さんの『マイマイ新子』は、
まさに昭和三十年を生きる9歳の新子の物語でした。
「引き算は足し算と同じことなんだ」という章がありましたが、
この頃なら本当は「引き算と寄せ算」だったのですね。

「寄せ算」が「足し算」と言われるようになったのは、
いつ頃からなのでしょう。


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代官山蔦屋書店でも『銚子まぼろし』

お知らせです。

写真集『銚子まぼろし』は、
今月から代官山蔦屋書店でも置いていただくことになりました。


蔦屋書店

2号館の写真コーナーと、
3号館の旅コーナー(東京本の下あたり、金沢や会津などの隣)と、
両方に並んでいます。

お近くに行かれた方は、よろしかったら見てくださいね。


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