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ふみ函

彼岸過ぎの彼岸花

例年、この花はきちんとお彼岸前に顔を出していたのに、
今年は時期をはずしてしまったようです。


彼岸花の芽


どうも見ないなあと思っていたら、
駒場付近でやっと目にしたのは9月26日。
まだ花を開く前の、アスパラガスみたいにしゅっとした茎。


彼岸花


今年の暑さがいかに異常なものだったかしみじみ実感。
土の中まで熱かったのでしょうか。

翌日、ようよう開いた花。
遅ればせながら、秋ですね。


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池上本門寺松濤園

池上本門寺へ行ってきました。

普段は公開されていない奥の松涛園(しょうとうえん)が、
9月10日(月)~9月16日(日)の一週間、特別公開されるとのことで、
最終日に滑り込み。

BS時代劇『薄桜記』第9回(「文鳥」)の中に出て来た、
吉良邸のお庭の撮影はここで行われたそうです。
放映開始前の7月6日のことだったとか。
ドラマスタッフブログより)


吉良邸庭の欄干橋


吉良さま富子さまたちが渡る欄干橋はこちら。


松涛園欄干橋


橋を渡ると石畳の三叉路。


吉良邸庭三叉路

松涛園三叉路


小堀遠州の手になるというお庭は風情ある佇まい。
昔を偲びながらしばしぶらぶらと散策を。


欄干橋と百日紅


欄干橋から見えるのは桜ならぬ百日紅の紅。


池の鯉


水面に映る雲はまだ夏の雲のよう。
涼しくなるのはいつのことやら。


それにしてもきっちりと着物を着て鬘をつける時代劇の撮影は、
夏はことのほか大変でしょうね。


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『天地明察』と渋川春海の墓

映画『天地明察』を観てきました。


ちらしと原作本


皆既日食や金環日食など天体ショーが続き、
天文への関心が高まっている近年に相応しい題材。
主役・安井算哲(渋川春海)の純粋さ、誠実さが好もしく、
気持ちの良い作品でした。
算術や天文学に熱中する”学者馬鹿”ぶりの微笑ましさ。
大きなことを成し遂げるひとは、
誰でも子どものようにピュアな部分があるのかもしれません。


小説やドラマなどでその人物に親近感を持つと、
すぐゆかりの地めぐりをしたくなってしまう性分なので、
さっそく北品川にある東海寺大山墓地へお墓参り。


東海道線・京浜東北線


山手線大崎駅の西口を出て目黒川のほうへ。
川にかかる幅広の居木橋(いるきばし)を渡り、山手通りを新馬場方面へ。

山手線のガードをくぐり、春雨寺や第一三共物流センターを左に見ながら進み、
東海道線・京浜東北線のガード手前の左手が墓地入口。


大山墓地入口


線路沿いにゆるやかに登る細い坂道。
この先にこんもりと見える緑のあたりが墓地です。


線路沿いの道


実を言うとここには何度も来ていて、結構お気に入り。
敷地はさほど広くはないものの小高い場所で、
東海寺の沢庵和尚の墓など歴史を感じる佇まいながら、
線路と線路に挟まれた、三角州のような特異な場所。


三角形の先端あたりから見ると、右には京浜東北線、東海道線が見下ろされ、
左手には時間差で新幹線や成田ライナーなどの疾走が見えるという、
鉄道ファンにはたまらないロケーション。
東海道線側にはベンチまで置いてあって、座って眺めていると見飽きません。
日本鉄道の父と言われる井上勝の墓もあるので、井上氏はきっとご満足かと。


渋川春海墓


渋川春海のお墓は、新幹線がすぐ脇を走るフェンスのそばにあり、
説明板が立っています。
東海道新幹線の乗客は、それと知らぬまま車窓から目にしているはず。


渋川春海説明板

                   ↓


品川区指定史跡
渋川春海墓

所在 北品川4丁目11番 東海寺大山墓地
指定 昭和53年11月22日(第6号)

渋川春海は、寛永16年(1639)に京都で生れ、
14歳で父の跡をついで幕府の碁所(ごどころ)となり
安井算哲(やすい・さんてつ)(二代)と称した。
囲碁の研鑽の一方で天文・数学・暦学を学び暦学者となった。

その頃、日本では中国の宣明暦(せんみょうれき)を使っていたが、
2日の誤差があったので、春海はみずから計算して新しい暦を作った。
これが貞享元年(1684)に官暦となり翌年から用いられ、
貞享暦(じょうきょうれき)として後の太陰暦の基本となったのである。

貞享暦は日本人の手で作られた初めての和暦であり、
春海はこの功によって、幕府最初の天文方に任ぜられ、
本所(ほんじょ)(墨田区)に、宅地を拝領した。
春海は、屋敷内に司天台(天文台)を設けて天体の観測にあたった。
これが江戸で最初の天文台である。
春海は正徳(しょうとく)5年(1715)10月6日に77歳で亡くなり、
この地に葬られた。

平成19年3月1日
品川区教育委員会




以前来た時も目にしていたはずなのに、その時はあまり記憶になし。
映画のあとで見るとこういう歴史がぐっと身近に感じられて嬉しいです。


それにしても急に思い立って行ったので、日没間際になってしまい、
明らかに光が足りず、写真がぼやけ気味。
そのうちまた撮影しに行けたら差し替えなくては。


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